誰かの心に残りたい人生だった

私の存在を記すためのブログ

精神科入院の思い出1 (基本編)

私は2011年秋から数か月精神科に入院していた。当時に希死念慮が高まっていたのと、薬も増え生活週間も悪化していたことが重なり、自分で自分の生活を維持できなくなっていたことが理由である。ここでは経緯よりも精神科病棟がどのようなものだったかの思い出を振り返ろうと思う。


閉鎖病棟とは


まず私が入れられたのは閉鎖病棟である。この病院では閉鎖病棟開放病棟があるが、閉鎖病棟は入口のドアが施錠されて外出できないようになっている。
「精神科の病棟」のイメージに近いのはこちらであろう。

ざっくり言って「重症患者」は(開放ではなく)閉鎖病棟に入れられる。ただ軽症であってもベッド数の関係で開放病棟が埋まっているなど、一時的な措置で閉鎖病棟という場合もある。

病棟は、デイルーム、病室、ナースステーションというシンプルな構造だった。なお、病棟の最奥に外側から鍵がかかる個室、すなわち隔離室があったらしい。(自分は近づけなかった)

デイルームは完全に談話スペースであり、みんなで食事やテレビを見るなどして過ごす場所であり、かつ面会用スペースでもあった。懐かしの電話ボックスがあり、外部と連絡をとれる唯一の手段となっていた。


基本の生活


入院生活は極めて規則正しい。

7:00 起床
8:00 朝食
8:45 計測
9:00 ラジオ体操
10:00 回診
12:00 昼食
18:00 夕食
21:00 就寝

 

ラジオ体操は第2までやる。第1までしか知らなかったので見様見真似でやっていた。


浴室が一つしかないので、月水金が男性、火木土が女性というふうに割り当てられていた。浴室といってもシャワーしかなく、一人30分の枠で交代して入っていた。

入院中の患者は5人ほどの医師がチームを組んで対応するらしい。そのうちの一人が研修医であり、主に面倒を見てくれるのである。偉い先生は姿は見せるもののよほどのことがないと関わってこない。


そして1日1回、回診と称して担当の先生方がぞろぞろとやってきて「今日の気分はどうですか」などと尋ねてくる。「調子がいいです」といっても「悪いです」といっても反応は変わらない。どう答えても「ゆっくり休んでください」と言われるのだった。


上記以外の時間は何もすることがないので、何らかの方法で時間をつぶさねばならない。スマホや電子機器類は没収されるので、必然的に読書かテレビくらいしか選択肢がない。ひたすら暇との戦いであり、気分の落ち込みというよりも、暇すぎて発狂しそうだった。「何かやることがある」ということの贅沢さを痛感したのだった。

私はあまりにも暇なので、勇気を出してほかの患者に絡むことを決意したのである。

(つづく)