誰かの心に残りたい人生だった

私の存在を記すためのブログ

メンヘラが1年間働いてみた結果

就職してからおおよそ1年がたとうとしている。たった1年、されど1年、ただひたすらに苦しい1年だった。

思い返せば、就活が終わってから心が落ち着いた日などなかった。就職は未来への羽ばたきなどではなく、奈落への飛び込みである。



まず研修という名の集団生活。いきなりきつい試練である。
私の苦手とする人間関係の構築を強要される。ほかの同期もそれほどコミュニケーションがうまくなかったのが幸いか、つかずはなれず、お互いけん制しあうような人間関係が形成されていった。



研修がおわってから本格的に業務にかかわることになる。
クローズでの就職なので、自分がメンヘラであることを悟られないよう必死で働いた。毎日「何か」におびえながら、なんとか生きねばならない。その一心だった。


多少頑張った甲斐があったのか、秋ごろより大きな仕事を任されるようになる。
まだ右も左もわからないひよっこにとっては荷が重いが、素直にチャンスだと受け取った。
ここでいい仕事をすれば周りからも認められ、自分もようやく満足して社会の一員になれるんじゃないか。自分は気合を入れて取り組んだ。


しかし思うようには進んでくれなかった。何もわからない状態から「やってみろ」と言われてもなかなかできない。弊社は基本的に全部自分で対処しなければならない。次から次へと問題を指摘され、毎日パニックになりかけながら一日一日を乗り切った。

そのうち、家事をする気力を失い、夜も眠れなくなり、心も体もボロボロになった。帰宅して酒をあおってすぐに寝る。食事はコンビニか外食。掃除もせず部屋は荒れていった。典型的な「社会の波にのまれて自分を失った若者」そのものだった。よくないとわかっていても、自暴自棄になった自分は止められなかった。給料はもらっていても実質家計は赤字続きだった。

そんな感じで年を越した。年末年始といえども実家には帰らなかった。あの家にはもう戻りたくなかった。

幸い、年末年始はまとまった休みが取れる。自分を見つめなおす絶好の機会だった。
自分は社会に向いてない。かといってただ消費するだけの障害者生活は承認欲求が満たされない。どちらに行っても闇。もういっそ死ぬか。すぐそこに線路があるじゃないか。などといつもどおりのことを考えていた。

結局自分はこの1年で何も変わっていないのだ。働き始めれば何か変わる。そんなぬるい考えがあったのだろうと自覚した。

ただ、働いているという事実はむしろ良いことでは?と、ふと思った。本当に何もしなかった昨年にくらべれば、遥かに進歩しているのではないか。

自分はいつまでこの生活を続けるのだろう。この会社もいつまで働くかわからない。けど、自分を認めるためには生きるしかなく、生きるためには働くしかないのだ。

生きていけなくなったら、死ぬだけのことなのだ。